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汁物、美味し。

土曜日。
朝の仕事を終えて、家に帰ると
まだ幼稚園生の末の息子が、小さな体を揺らしながら一生懸命ご飯を作ってくれていた。

『ママがお仕事を頑張ってるから、コーはご飯をつくるから!』

目をキラキラさせながら、彼は冒険に出かけていた。
クッキングアドベンチャー。

何が起こるか分からない。やること全てが真新しい。

『ママはあっち行ってて!ひとりでするから!』

心配そうに見守る母に、バリアを放つ。

「自分で作る。」「一人で作る。」

これが今の彼には、1番必要な感覚だった。

母にとってはとても勇気がいることだけど、息子に言われるがまま、身を引いた。

遠くで、トン、トトン、、、不揃いな音がする。

・・・大丈夫だろうか?

母の心配をよそに、しばらくして、『できましたー!』と明るい声が聞こえる。

…え?もうできたの?

途中何の質問もなかったけど、全部自分で?作ったってこと?

恐る恐る、台所に行ってみた。

彼はしたり顔で、母の登場を待っていた。

沸騰したお湯に、人参を切って、昆布を入れて、煮立てたあとに、醤油を入れて、完成させたらしい。

出汁をとろうという努力に、思わず笑ってしまった。

『美味しいよ!食べてみて!』と差し出したものの、ゴクゴクと味見をしていた息子。

母も彼に続いた。

うん。昆布の風味は素晴らしかった。しかし、、、味は、ほぼお湯だった。

彼はというと、どうやら自分で作った味は格別らしい。
満面の笑みで、誇らしげに立っている。

人差し指と親指で輪を作り、オッケーサイン。

彼は、張り切って兄弟みんなの分の配膳を始めた。

兄弟はみな、超薄味のお吸い物という名の、お湯に舌鼓を打つ。

『これひとりで作ったの?すごいねーーー!』
一番上のお姉ちゃんに褒められて、満足そうに笑う弟。

もはやお湯の吸い物を、称えながら美味しくいただく兄弟たち。
母の想像を遥かに超えて、温かく優しい食卓だった。

『おかわり、する?』という小さなシェフの声かけを背中で確認しながら、
母はまた仕事に向かった。

『ママー!行ってらっしゃーい!』

みんなおかわり、したのだろうか?

 

夕方。足早に帰宅すると、今度は中学生の娘が、台所に立っていた。

『あのお昼のお吸い物、リメイクしようかと思って。味がなかったから(笑)』

『人参とセロリが入ってたんですよねー、こうなると、玉ねぎ入れて、コンソメ入れたくなるけど、残念ながら、コンソメがないんです。お味噌汁にするけど、いいですよね?』

 

ああ、ありがとう!お願いします。

『あ、そういえば、これから少年団でしょ?いいですよ!行ってきてください』

このところ、母のバタバタな毎日を、全てお見通しであるかのように、
娘は、台所に立ってくれることが増えた。

娘に見送られるがまま、母は少年団へ向かう。少年団では役員活動。

我が子の練習を横目に、事務作業に精を出す。

夜。少年団から帰宅すると、玄関までお味噌汁のいい香りが漂っていた。

娘によるのお味噌汁が完成していた。
弟のスープのリメイク作業が、見事に完結していた。

『行ってきまーす!』
さっきまで台所に立っていた娘は、制服に着替えていた。
母の帰りを待って、今度は娘が家を出る。
『どこ行くのー?』
『今日は模擬試験があるから!行ってきまーす!
あとは宜しくお願いしまーす!』
弟のお吸い物には、ちゃんと味がついていた。
姉が施した優しいリメイク。
弟はあまりよくわかっていない様子だったけれど、

とにかく自分が作ったスープが変身して美味しくなったと興奮していた。

我が家の汁物、いと美味し。
【2015年4月26日 「汁物、美味し。」より】
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