3月11日は決めていることがあります。
家族で決めた我が家なりの追悼の儀式。
家族で考える東日本大震災。
10年前、被災地取材から帰ってきた父から聞いた、当時の被災地の今。
「体育館で身を寄せ合い、落ち着く場所もない。
ご飯は、ボランティアによるおにぎりと豚汁。
寒さ厳しい毎日。毎日豚汁には長蛇の列が出来ていた。
着るものもない、食べるものもない、寝るところもない。
ホッとする時間もない。そんな場所もない。
一番辛いのは、大切な人を見つけることができない。
たとえ見つかったとしても、見最愛の人の声を、二度と聞くことはできない。」
辛くても、寂しくても、悲しくても、お腹は空く。
被災地の人たちは
どんな思いで、おにぎりを噛みしめただろうか。
どんな思いで、豚汁をすすり飲んだだろうか。
決して忘れてはならない、と始めた我が家なりの追悼の儀式。
3月11日の夜は、おにぎりと豚汁。
黙祷の後、家族で、静かに頬張った。
自己満足かもしれない。
でも、これが我が家なりの追悼の儀式。
その昔、
「おにぎり、美味しいーーー!」と無邪気に喜んでいた子供たちも、
時と共に、成長し、おにぎりと豚汁の意味が分かるようになった。
「自分だけ幸せでも幸せでないことを知りました。
自分の幸せはみんなの幸せの中にあるんですね。」
夫が被災地でインタビューした女の子の言葉が、今改めて蘇る。
家族が全員無事だったという小学校4年生の女の子が発したこの言葉に、
震災の悲惨さが滲む。
あれから10年。
二十歳を迎えたあの時の女の子は、今、何を思い、どのように過ごしているのだろうか。
豚汁をすすりながら、
顔も名前も知らない女の子に思いを馳せた3月11日。
一日も早く、一人でも多くの人が、幸せと感じられる日常が訪れますように。